連載コラム|探訪 Inside the IBM i ~(8)消された“AS/400の産みの親”フランク・ソルティス氏

前回まで、主に『The Silverlake Project』という本を参考にして、AS/400の開発プロジェクトの特徴を見てきました。本の出版は1992年(Oxford University Press刊)ですが、おおもとは1989年夏にフランスで開催された「第16回 インターナショナル・リサーチ・セミナー」で著者らが行った講演にあると記されています。

シルバーレイク・プロジェクト 

この講演は、「超巨大企業がいかにしてマーケット・ドリブンの企業へ変身し得たのか」という、AS/400(IBM i)の開発マネジメントに焦点を当てたもので、このテーマはそのまま、『The Silverlake Project』に引き継がれています。すなわち、「新しいコンピュータの開発過程を明らかにしたのでも、IBMについて語ったのでもない」(同書)というわけです。

『The Silverlake Project』の著者らが出版準備を進めていた1991年は、AS/400がリリースされて3年が経過し、すでに記録的な大ヒット商品となっていた頃です(1993年末までに26万台を出荷)。著者らは、1989年のフランスでの講演の時よりも、さらにAS/400の画期性に自信と確信を深めて同書を執筆したと思われます。

AS/400が発表された当初、日本のマスコミでは、「AS/400はDECのVAXや日本のオフコンに対抗して開発されたマシン」とか、「システム/38に、システム/36のネットワーク機能とアプリケーション互換機能を付加したもの」といった論評が一般的でした。また日本IBMも、「AS/400は、システム/36とシステム/38の長所を融合させた後継機」と説明していました。発表当初は、そうした表向きの顔の下にある、AS/400の本当の狙いと可能性が大半の人に見えていなかったのです。

しかしながら前回見たように、AS/400は、中堅・中小企業が抱えるニーズにかつてないほど深く踏み入り、そのニーズに応えるべく企画・設計・実装され、さらに幅広い業種と業務をカバーするアプリケーション・パッケージを揃えてソリューションとして販売するという、まさに現在のITビジネスを先取りする、当時としては画期的な取り組みであったわけです。

さて、同書には、シルバーレイク開発の組織体制が図示されています。

シルバーレイク・プロジェクトの組織体制

 上図には、担当職と氏名が次のように記されています。

・開発部門長:トム・フューリー(Tom Furey)
・プログラミング/ソフトウェア担当:デビッド・シュレイチャ(David Schleicher)
・システム担当:ジェームズ・コレイザ(James Coraza)
・ハードウェア・エンジニアリング担当:ジム・フリン(Jim Flynn)
・マーケット・プランニング、戦略、将来技術担当:ビクター・タン(Victor Tang)
・ビジネス・マネジメント担当:ロイ・バウア(Roy Bauer)

 『The Silverlake Project』は、上記のビクター・タンとロイ・バウアと、ハードウェア開発のスタッフであったエミリオ・コラー(Emilio Collar)の3人によって執筆されています。

ここでAS/400に詳しい読者なら、「“AS/400の生みの親”として知られるフランク・ソルティスはどこにいる?」と思われるのではないでしょうか(若い方には、そんな人がいたの? という感じかもしれません)。ソルティス氏の著書『Inside the AS/400』によれば、「トム・フューリー直属のテクニカル・アシスタント」とだけ記されています。つまり、シルバーレイクの開発では、設計を担当するとかいった具体的なミッションを持っていなかったようです。

実際、AS/400の発表から1年後に発行されたIBMの技術論文誌「IBM Systems Journal」1989年秋号(Vol.28、Issue.3)の「AS/400特集」(6つの論文を収録)には、フランク・ソルティス氏の名前はどこにも出てきません。もっと言えば、IBMがWebサイトで公開していた長大な「IBMロチェスター年代記」(Rochester chronology)の中にも、あるいは、1990年代前半までに米国で出版された5冊の“AS/400解説本”のどこにも、ソルティス氏の名前は出てこないのです。意外に思われるかもしれませんが、これが事実です。

しかし、最も意外だったのは、当のソルティス氏本人だったのではないか、というのが筆者の推測です。なぜなら、AS/400を特徴づける技術を開発したのは自分たちだという大きな自負があったからです。ところが、IBMの公式記録と言える「IBM Systems Journal」や『The Silverlake Project』には、ソルティス氏らの貢献がまったく記されていないのです。これは承服しがたいことだったろうと思われます。

そして、それがソルティス氏に『Inside the AS/400』(初版は1996年刊)を書かせる強い動機になりました。書名にある「Inside」という言葉も、非常に含みのある言葉です。つまりInsideは、AS/400の「システムの内部構造」を指すとともに、「開発の真相」という意味も含んでいるからです。ソルティス氏は、「この本を書いている私の目標は、AS/400の謎を解きあかすこと、つまり、どのようにしてこのシステムがここまで来たかという謎に光明を投ずることです」と慎重な言い回しをしています。

[iS Technoport]

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